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2011年3月23日 (水)

原発事故にみる、技術者倫理について

まずは東日本地震にて、命を落とされた方へ。
この場をお借りして、故人のご冥福をお祈り申し上げます。
かくいう、八戸の住む、知人と連絡が取れず、やきもきしている身であります。

今回の大きな地震の影響により、二次災害とも言える福島原発問題があります。
どうなるかな?と思い、情報を追っていますが、残念なことに放射性物質漏れて、被爆されている方がいらっしゃるそうです。

最近になって、原発の設計に関する関係者の証言が、取り上げられるようになってきました。

「千年に一度とか、そんなことを想定してどうなる?」、上司からそんな言葉があったとのこと。本当かな?と感じる部分もあります。

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2011032390071412.html

学生のころ、「技術者倫理」の講義を思い出しました。
1960年代に起こったアメリカのスペースシャトル墜落事故を題材に、行われた授業で、裁判の記録を元に関係する技術者と経営者の生々しいやりとりが自分自身の心に深く刻まれております。
ちなみに講義は、放送大学にて札野順教授の講義で同様の授業を視聴することが可能です。札野教授の講義は、放送大学という点を考慮しても相変わらず酷い物でした(笑)。
加えて、非常に、マニアックな話なので途中で飽きちゃうかもしれません。
「時間を返せ!」と言われても、私にはできかねますので、視聴は自己責任でお願いします。

札野教授は映画化するべきだ!とおっしゃられていましたが、はっきりいってマニアックすぎて、「オタク」、「ギーク」といった人たちですら、拒絶反応を示すくらい、気が滅入る話なので、無理だと思います。

しかしながら、考えさせられる事象も多々あります。
「そろそろ、君も経営者の帽子をかぶれよ」
その結果、尊い命、国家規模のプロジェクトの核を担う多くの人材が失われたのです。

技術者として、何を優先してすべきなのか?
利益?人命?名誉?自分の命?
「100万分の1の確率で発生する事象なんて・・・、ゼロに等しいだろう?」
その言葉に耳を貸すことは、悪魔に魂を売ることであると私は学んだ。
 ・ 「常に最善を、常にベストを。」
 ・ 「現状に、満足するな」
 ・ 「より良い手段を追求せよ

言う事を聞けないのであれば、クビにするぞ?家族も困るだろう?

実際に、あった話で、黙ってしまった結果、数年後エレベータが落ちてしまった・・・。という事象もあります。

幸か不幸か、私は今まで、人命に直接影響するような仕事にめぐりあう機会がなかった。しかし、常に考えさせられる。もし、人命に影響するような情報を握ってしまった場合、または、判断をしなければならなくなったとき、自分の生活、家族、会社、または関わる人達のすべてを裏切って、人々=「社会」のために、「NO」と言えるだろうか?と。

正直、技術者( お前は違うだろ!っていう人も多いですが(笑) )として、そうありたいと思います。

さて、今回の原発の問題・・・。果たして、設計自体に問題があったのだろうか?

実際のところ、大事故になってはいるけれども、当時の設計自体には問題はないと私は考える。なぜなら、当時、最大の地震の規模は震度7とされており、その規模は想定されていたからだ。

また、建設当初の観測史上最大の地震とは、「関東大震災」であり、その時の震度は7とされていたと、学校の授業で習った覚えがある。

そういう意味では、「千年に一度とか、そんなことを想定してどうなる?」と上司が言った、ということ自体、怪しいと思う。

また、上記の記事の中で、年配の設計者は、「想定が甘かった・・・」と反省の弁を述べているが、これは実際に、今回、想定外の事象が発生したからこそ、発せられる言葉であり、彼らには責任はない。

では、どこに責任があるのだろうか? それは、実際に原発を運用・運営していた側にあると私は考える。近年、震度7クラス以上の地震が、外国であれ、実際に発生し、起こり得ることは明白であり、早急に対策を打たなかったことにこそ、問題があるのだ。

実際に可動させて、発生する問題や、機器の老朽化、さまざまな事象が発生する。これらに対し、メンテナンスを行い、対策を講じる必要があるのだ。しかしながら、こうした保守・運用といった部分の仕事は、プライオリティが低いものとされ、十分にコストをかけないことがほとんど。その過程で、「1000年に1度とか、想定してどうする?」という言葉が経営側からでたのではないだろうか?

「想定外だった」と述べるべきは、当時の設計者ではなく、運用・運営を行っている、「東京電力の技術者」にこそある。問題が発生したなら、それを解決する能力も必要だが、問題の発生を事前に防ぐということも大事である。

当時の設計者を、引っ張り出すのではなく、今、運転を担う技術者に問うべきである。

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